なぜゲームソフトはいつの時代も1万円以下で買えるのか

日本中にテレビゲームという文化を定着させたゲーム機、ファミリーコンピュータが発売されてから30年以上が経ちました。

対戦ゲームは今や「e-sports」という言葉が新語流行語大賞に選ばれるほど競技としての地位を獲得しており、RPGのようなソロプレイ用のタイトルでも100時間規模のボリュームは珍しくありません。

 

現代のゲームに慣れ親しんだ世代からすると8bitのマリオが起こしたセンセーショナルは想像もつきませんが、この30年間でテレビゲームがこれだけ大きな進化を遂げるとは、マリオもまた想像できなかったことでしょう。

しかし不思議なことにゲームソフトの値段はそのクオリティの飛躍的な進化に対して発売当初から殆ど変っていません。

何故このような仕組みが成り立つのでしょうか。

 

①『ドラクエ』に見るテレビゲーム進化の歴史

まずゲームの内容がどれだけ進化したのか、日本を代表するRPG『ドラクエ』こと『ドラゴンクエスト』シリーズを例に挙げて見てみましょう。

当時まだ馴染みのなかったRPGというジャンルを世に知らしめ、その地位を確立した伝説の名作である初代『ドラゴンクエスト』の発売は1986年。

「世界の半分をお前にやろう」という衝撃の交渉で始まるラストバトルは有名ですが、そこへ辿り着くまでに必要なプレイ時間は約10時間程度と決して長編作品ではありませんでした。

 

1992年にそれまでのファミリーコンピュータからスーパーファミコンへとハードを移して発売された『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』ではクリアまでのプレイ時間は初代の約2倍である20時間程度に。

『ドラクエV』はゲームを進めるにつれて主人公が大きく成長し結婚イベントが発生するなどボリュームが増えたことで「人生の体験」というカラーが一層強く表現された作品となり、これまでに幾つものハードウェアでリメイクされている人気タイトルになりました。

 

以降ハードを経るごとにグラフィックはもちろんボリュームもレベルアップを続け、歴代では『ドラクエⅦ エデンの戦士たち』がクリアまで100時間規模というシリーズ最大のボリュームとされています。

最新作の『ドラクエⅪ 過ぎ去りし時を求めて』もクリアまで50時間程度を公式が想定しているとされており、やりこみ要素を含めると初代から5~10倍以上のボリュームへと進化しています。

 

当然、ゲームが進化するにつれてその製作過程には多大な時間と人員・コストを要するようになっています。

『ドラクエ』シリーズ生みの親の堀井雄二氏によれば初代はスタッフ数人が中心となって5か月程度で製作されたそうですが、規模が大きくなるにつれて1本のゲームに携わるスタッフの数も増え『ドラクエⅧ』の時点では200人以上が参加するタイトルになりました。

 

ゲーム製作のエピソードではシリーズ屈指の大ボリュームとなった2000年発売の『ドラクエⅦ』ではシナリオが複数人のライターによって手掛けられその総量は16,000ページを超えていたという逸話が有名です。

それから10年以上の時を経た最新作『11』でもプレイステーション4と3DSという性能の大きく異なるハードで展開されたため3Dと2D両方のマップグラフィックを作成しており、ゲーム作りの苦労はいつの時代も遊び手の想像を絶します。

 

長い歴史の中でこうした負担の大きさに飲み込まれるように沢山のメーカーが倒産や合併を余儀なくされました。

それでもゲーム内容の複雑化・大容量化に各ゲームメーカーとクリエイターが絶えず全力で取り組んで来たことで今のハイクオリティな名作ゲームの数々が生まれる結果となっているのです。

 

② ゲームソフトの値段の変遷

テレビゲームが世に広がってから技術の進歩は目覚ましく、発売されるゲームソフトの内容は大きく進化して来ました。

ですが実はその値段、いわゆる「メーカー小売り希望価格」はあまり大きく変化していません。

 

ファミリーコンピュータのソフトは5,000円台が定番で、初代『ドラクエ』も5,500円です。

その後1990年代前半の「スーパーファミコン世代」になると一旦1万円前後の価格で発売されるゲームソフトが増えたものの、同後半の次世代ハードに時代が移ると再び5,000円~7,000円の価格帯が主流に戻りました。

そしてそれ以降、約20年もの長い間この価格感覚は維持され続けています。

 

ゲームソフトの歴史を見ると、このスーパーファミコン時代が唯一と言える大幅な値上げであったと言えるでしょう。

これはカセットとして使用されていたカードリッジが高価だったことが大きな要因とされています。

その後、ソフトに安価な光ディスクが採用されたことや価格競争の影響もあり、再び値下げに転じました。

 

このようにゲームの値段は決してマーケット事情の影響を受けない訳ではありません。

それなのに値段が20年近く維持されているというのは驚くべき事実です。

どんなに最新の技術を駆使したゲームでも、どんなに長時間遊べる大作ソフトでも、基本的な価格は昔のマリオとあまり変わらないのです。

 

③ ゲームソフトは高級品ではない

ここで最初の疑問に戻ります。

何故、これだけ内容が進化しているにも関わらずゲームの価格は据え置きなのでしょうか。

 

その答えは実にシンプルで「クリエイターの努力」に他なりません。

特殊な技術やカラクリによって簡単にゲーム制作のコストが抑えられている訳ではなく、ただユーザーに一定の価格で遊んでほしいというサービス精神によってこの価格構造は支えられているのです。

 

そのためにクリエイターは製作過程でシステムを工夫したり機能を調整したりとユーザーに見えないところで様々な努力を行っており、だからこそ『スマブラ』シリーズなど数々の名作を世に送り出している桜井政博氏は自著においてハイクオリティなゲームが昔と変わらない値段で遊べることを「破格」と表現しています。

 

勿論、これまでのゲーム業界で値上げをするタイミングが全く無かった訳ではありません。

娯楽におけるマーケティングの観点から見れば高級志向の商品を展開しブランド価値を高めるという戦略はごく一般的で、多くのジャンルで取り入れられています。

しかし衣類や食品と言った高級化戦略の成功している嗜好品とゲームが根本的に違うのは、子供にとって気軽に触れられる娯楽であるという点です。

現在の価格であれば子供が家族にねだって買ってもらえることも多いでしょうし、お年玉を握りしめて家電量販店に行けば1本手に入ります。

 

日々最新の技術を取り入れたゲームを作りあげているクリエイターもまた「ゲームは1万円以下」の感覚の下で育った人達です。

20年以上守られた感覚を自分の作品で変えるというのも心情的には非常に難しいでしょう。

 

それよりもクリエイターにとって重要なのは、自分の作ったゲームが沢山のユーザーに遊んで貰えることであり、ゲームというコンテンツは多くのプレイヤーに遊ばれることで評価が飛躍的に高まっていくものでもあります。

昨今、ユーザーを獲得するためにゲームの一部分を無料で提供するタイトルが増えていることからも「多くのユーザーにプレイされること」の価値が読み取れます。

ゲームは多くの人がプレイし、そして皆でその内容について話し合う事までも魅力に含まれたコミュニティーツールでもあるからです。

 

こうした数々の理由からゲームソフトは今の価格帯が最適であると判断され、クリエイターの方々の不断の努力によって何年も守られ続けているのです。

 

まとめ

「レベルアップすると強くなる」というのはゲームでは常識で、RPGで装備出来るアイテムも物語後半になればなるほど高価になるのは当然です。

ただし日本のゲームソフトはいくらレベルアップしても高価にはなりません。

そしてこの仕組みはユーザーに対するサービス精神とゲームの歴史を作ってきたクリエイターへのリスペクトによって支えられているのです。

 

昭和に生まれたテレビゲームという文化は平成で大きく進化し、新たな元号となっても続いています。

2024年には新紙幣に移行されることも発表されていますが、1万円札に描かれる人物が福沢諭吉から渋沢栄一になっても、きっとゲームソフトは1万円で買える娯楽であり続けるでしょう。

 

参考
そういやファミコンソフトっていくらだったっけ? ゲームの値段は今も昔も安い!(ガジェット通信)
https://getnews.jp/archives/30125
文化庁メディア芸術プラザ 堀井雄二氏インタビュー
https://web.archive.org/web/20100614061622/http://plaza.bunka.go.jp/museum/meister/entertainment/vol2/
桜井政博のゲームについて思うこと 2015-2019 (G’zブレイン出版社)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07QW5415P/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

関連記事一覧