幸せホルモンを出すアソビを提供する! ココネの企画職で働くやりがいを伺いました!!


ココネ株式会社は、『ポケコロ』『猫のニャッホ』『センシル』など、「飾って楽しむソーシャルサービス」や「飾る要素を持つゲーム」を展開しており、1,500万人以上の多くの女性たちから支持されています。

 

今回は”幸せホルモンを出すアソビ”を作り出す現場で活躍しているおふたり、マーケティング室長の佐野 孝行氏(写真左)と、「ハロースイートデイズ」事業部長でプロデューサー兼ディレクターの宍戸 亜紗子氏(写真右)に、ココネだからこその働くやりがいを伺いました。

 

※役職や記事の内容は、インタビュー当日、2019年10月31日現在のものとなります。

 

エンジニアから企画に移ったふたり

 

――まずは、佐野さんと宍戸さんの経歴を教えて下さい。

 

佐野

 

私はもともとエンジニアで、ミクシィやアパレル系EC会社のCTO(最高技術責任者)をやっていました。

 

その後、グリーに入社し、探検ドリランドの開発を担当。

3ヶ月後にはプロデューサー・ディレクターを任されるようになりました。

職歴としてはここが一番大きな転機ですね。

 

グリーに7年ぐらい在籍し、特に転職活動をしていた訳ではなかったのですが、ココネに入った知り合いから遊びに来なよと誘われて、オフィスを訪問しました。

 

そうしたら「偶然いま会長がいるから、会って行きなよ」って……。

そんなの偶然の訳ないんですけど(笑)。

会長にお会いして1時間くらい話すうち、会長の考え、感性にとても興味を惹かれました。

 

それで帰りがけに「どう?」と聞かれて「行きたい……なぁ」と思ったのが、ココネ入社のきっかけでした。

 

――エンジニアからプロデューサー・ディレクターになった際に、やりにくさなどありましたか。

 

佐野

 

プロデューサー・ディレクターをやりながらも、チームメンバーが帰宅したあとにコーディングなどしていたので、そんなにやることが変わった感じはしなかったですね。

 

私はエンジニアだった時から「エンジニアっぽくないね」と言われていました。

アパレル時代は営業もやっていたし、最初に就職したのは商社だったので、要件定義からコンサルティングまで幅広く担当していたました。

 

ですので、職種の名前が変わっただけで、すんなり入れた気がします。

 

――もともと、人と話をするのが好きだったのですね。

 

佐野

 

プライベートではあまりおしゃべりではありませんが、仕事だとたくさん話しますね(笑)。

趣味はものづくり全般で、お菓子作り、料理、裁縫など何でもやります。

 

社会人になりたての時は給料が少なくて、好きなマカロンが買えなかったんです。

ちょっと高いんですよ、マカロンって。

でも原料を見ると、そんなに高いものは使われていない。

じゃあ作ろうと思って実際に作ってみたりしました。

基本的に自分で作ることができそうなものは、作りたくなります。

 

 

――ご経歴の話に戻るのですが、ゲーム業界に初めてチャレンジされた際に、業種の差で苦労したところはありましたか?

 

佐野

 

実は学生時代は専門学校でゲームを作っていました。

しかし、積極的にゲーム会社への就職活動はせず、商社に入りました。

 

商社では基幹システムなどを作っていたのですが、それはせいぜい2,000人くらいしか使わないものです。

もっと多くの人が使うものを作りたいと思い転職したのがiモードなどの携帯電話向けのゲーム会社でした。

 

元がエンジニアなのでロジカルに考えるのが得意で、SIer時代も基幹システムに関わる多くの業種を全部頭のなかに展開して考えていました。

企画を考える時も、ゲームに関わりがあるものをすべて俯瞰して流れを考える、という能力はそこで培われたものだと思います。

 

――ココネにご入社後には複数タイトルのプロデューサー・ディレクターをご経験されて、2019年からはマーケティング室長として活躍していると伺いました。

 

佐野

 

マーケティングは、これまでデジタル回りしか内製化できていなかったのですが、それをもっと広い領域でしっかり動けるように、組織作りからしていこうということで、任命されました。

 

――いままではマーケティング室はなかったのでしょうか。

 

佐野

 

マーケティング室はありましたが、基本的にデジタルマーケティングがメインでした。

それ以外の大型のマーケティング施策については、サービス毎に代理店にお任せすることが多かったのですが、どうしてもスポットでの展開になってしまい、うまく全体につながる絵にならないという課題感を持っていました。

 

私たちマーケティング室が、代理店と一緒になって、施策を展開していくことで、事業としても全社としても、つながった大きな絵になるような取り組みに着手しています。

 

――宍戸さんのご経歴はいかがでしょうか。

 

宍戸

 

今の私は『ドラクエ4』で形成されているといっても過言ではありません(笑)。

趣味でベリーダンスを習っているのですが、そのきっかけは子供の頃に『ドラクエ4』の踊り子を見て踊りたいと思ったからなんです。

小学校の文集では「ゲーム会社に入ってゲームを作る」と書いていました。

 

そんなことすっかり忘れて生活していましたが、気付いたらゲームに携わっているし、ベリーダンスでレストランショーもやらせてもらっている。

 

結局、『ドラクエ4』の影響をうけて、やってみたかったことを全部やっているんだなと、最近気づきました。

 

――まさにゲームに人生を形作られていらっしゃるんですね……すごいです!学校ではゲーム制作について勉強されたのですか。

 

宍戸

 

私が入学したのは、ゲームは全く関係のない、フライトアテンダントなどを目指す学生が多く在籍する国際学科でした。

 

就職活動の際に、手に職を持っているほうがよいなと考え、エンジニアの募集に応募しました。

面接で「すごく適性があるよ!」と言ってもらえ、プログラマになったのがキャリアのスタートです。

その会社では4年ほど勤め、それ以降は社内SEやWEB制作会社などIT系の仕事を経験して、前職で初めて男性向けソーシャルアプリゲームの制作に携わりました。

 

当初は全然違う職種で応募したのですが、経歴を見た面接官から「キミは企画者なんじゃないの?」と言われ、企画職でオファーをいただきました。

未経験なことは不安でしたが、チャンスがあるなら何でもやってみようと思い、そこから企画職になりました。

 

 

――ゲームに携わったのは、前職からなんですね。女性向けのゲームは、以前から遊ばれていたんですか?

 

宍戸

 

乙女系ゲームにはあまり興味がなくて、どちらかというとステータスが重要なオンラインゲームで遊んでいました。

自分が得意なことは”人を楽しませること”、つまりエンターテインメントだとは思っていました。

 

だから男性向けのゲームの仕事も楽しかったのですが、もっと自分に合っている、活かせる分野があるんじゃないかと思い、女性向けのゲームをやってみたいと考えました。

 

そして女性向けで、しかも乙女系ではないところで探して見つけたのがココネでした。

 

ココネに入社後は、運営リーダーを経て、現在は、サンリオ『ハロースイートデイズ』の事業部長としてサービス全体に携わっています。

サンリオのキャラクターがもともと好きだったので、とてもやりがいがありますね。

 

――転職後の苦労はありましたか?

 

宍戸

 

むしろ苦労が減りました。

男性向けのゲームも楽しかったのですが、やはり私は男性ではないので作っているものが100%楽しいかと言われるとそうではなかったですし、お客様を楽しませることができているのかも不安でした。

 

自分が楽しんで作れるもののほうが自然で、やりがいがあります。

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