バンダイナムコアミューズメントが生んだ最新施設、アニメとゲームに入る場所『MAZARIA』&ヤバすぎスポーツ施設『VS PARK』をご紹介!!

アミューズメント施設をトータルに手掛ける株式会社バンダイナムコアミューズメント 。

彼らが2019年夏、満を持して池袋サンシャインシティにオープンした新コンセプトのエンターテインメント施設が『MAZARIA(マザリア)』です!

今回はこの『MAZARIA』と、同じく今年の夏に新アクティビティ”ぽかぽかスタジアム”が登場したばかりの『VS PARK(ブイエスパーク)』の魅力について、バンダイナムコアミューズメント執行役員の相木伸一郎氏にお話を伺いました。

 

エンジニアから企画に転身

 

――『MAZARIA』と『VS PARK』について聞く前に、相木さんがゲーム業界に入られたきっかけや、その後の経歴について教えて下さい。

 

いまでもよく覚えているのは、就職する時に子供たちの思い出に残る物を作りたいと思って、会社を探したことです。

 

なかでもゲーム会社を選んだのは、今後ゲームを多くの人が好きになっていくだろうという個人的な予想のもとでした。

ナムコを選んだ理由は、ゲームセンターもコンシューマもテーマパークもあって、つくる物に幅広い選択肢があったからです。

 

ゲーム自体は、実は昔からあまりやってなかったんですよ。

小学校のころ家にあったファミコンやスーファミは、全て弟が買ったものでした。

 

主導権が弟にあったものですから、僕が遊べるのは2Pのあるスポーツゲームの時だけ。

ドラクエやFFなどは弟がプレイしているのを後ろから見ていました。だからこそ、なのでしょうか。

弟の操作するキャラクターが、毎度吸い込まれるように同じところで死んでいくのに、よく首をひねっていましたよ。

 

いま思えば作る側の気持ちを想像して、面白いと思っていたんでしょうね。

 

――入社後はどんな部署に入られたのでしょうか?

 

もともとは理系のエンジニアだったので、機械図面を引いていました。

ゲームセンターにあるゲーム機の設計をするため、それこそネジとかナットとか、そういうのを5年弱くらい描いていましたね。

 

その時からゲームを自分で作りたいと思ってはいたのですが、その前に当時いた事業部自体がなくなりそうになったんです。

 

エンジニアが集められて、3年以内に自分たちで食い扶持を稼がないと全員後がないぞと言われて。

ゲーム企画、今でいうプロデューサーの仕事をすることになりました。

 

――今までと全く畑違いの仕事ですね。どのように業務を進めたのですか?

 

ゲームの作り方が分からないので、とにかく一緒にゲームを作る人を探そうと思って、まず就職情報誌を買ってきました。

 

それで何をしたかというと、ゲーム会社一覧を見て、”あ”から順番に手分けして電話を掛けたんです。

上から順番に電話を掛けたから、最初のほうにお仕事をした会社は”あ”から始まる会社ばかりでした(笑)。

 

「ナムコです。一緒にゲームの企画作りましょう」って言うと、ガチャって切られることもあるし、いいですねって言ってくれる人もいる。

いいですねって言われたら、大阪だろうとどこだろうと、すぐ飛んで行きました。

 

そうやってしばらく小山順一朗(※1)と一緒にゲームを作っていて、そのなかのひとつが、今では巨大IPに成長した『アイドルマスター』です。

 

※小山順一朗

バンダイナムコアミューズメント クリエイティブフェロー。1990年ナムコに入社。2005年『アイドルマスター』や2006年『機動戦士ガンダム 戦場の絆』など、数々のアーケード製品のプロデュースを手掛けた。

 

――多くの苦労を乗り越え成功を収められたのですね!その後のステップアップについてはいかがでしょうか。

 

34歳の時に企画の部長に、そのあとプロジェクト全体をまとめる役を任されました。

最初はアーケードゲーム担当だったのですが、途中からコンシューマやモバイルゲームなどいろいろやりました。

役員になってからはパチンコ・パチスロもやっています。

 

特に印象に残っているのは、『ガンダムロワイヤル』というモバイルのタイトルですね。

いまはスマホでゲームを開発するのは当たり前なのですが、当時はそうじゃなかったんです。

「ゲーム業界のくせに、IT屋に魂を売るのか」って怒られながら作っていました。

 

でも絶対いけると思っていたので、知らん顔して強行しちゃいました(笑)。

結果大ヒットしたので上司も俺がやった、みたいな顔していましたよ。

まぁ、会社ってそんなもんです。

 

いろいろ怒られたりもしたのですが、大体は自由にやらせてもらいました。

そういう意味では機会に恵まれていて、文句言う人はいても止めろとは言われませんでしたし、やりたいことはほとんどやらせてもらったと思います。

 

 

――ゲーム業界の早い流れのなかで、これは自分に先見の明があったな、と思うものはありますか?

 

流れは早いけど、一方であまり変わらない部分があると思っています。

例えばRPGだとストーリーが基本ですよね。

 

映像が進化したり、コミュニケーションが進化したり、デバイスによって楽しみ方のバリエーションが増えても、中心にストーリーがあることは変わらない。

 

昔はゲームだけやっていたのが、攻略本を読むようになった、ネットを見るようになった、ゲーム中のチャットをするようになった、ゲームをプレイせずに見るだけになった。

でも根本にあるものは変わっていません。

 

僕がやってきたのは時代のテクノロジーに合わせて、フィットさせるだけ。

説明が難しいのですが、ゲーム業界自体はものすごい早い流れだけれども、大きく流れが変わったという感覚はなくて、ずっと必然の流れのなかにいる気がします。

 

――それでは、ゲームセンターやアミューズメントパークなどは、今後の施設の形態というのはどうなっていくとお考えでしょうか?

 

2種類のお客さまに分けて考えています。ひとつは”ついで客”。

ショッピングセンターに来て、たまたまゲームセンターを見かけたから覗いたような人です。

もうひとつは、今日はここで半日遊ぼうと思って施設を訪れる、”目的客”。

当然どっちのニーズもなくならない。

そのなかで、どのようにそれぞれのお客さまのニーズにフィッティングしていくかが重要です。

 

ついで客に対しては、訪れたくなるように、お客さまの興味をどれくらい喚起できるかで決まります。

昔は月に1回、新作のビデオゲームが出せていましたが、いま新作はそのスピード感では出せていない。

その代わりになっているのが、短いスパンで中の景品が入れ替わるプライズゲームです。

 

毎週行くと、何か別の顔を見せられる。

新しい楽しいこと、新しい面を見せ続けることを大切にしながら、開発や運営をしなくてはなりません。

 

逆に目的客のほうは昔と大きくは変わっていないのですが、最近のトレンドとして、経験した楽しいことをネットに書き込んだり、写真をアップしたりする習慣ができているので、そのニーズに応えらえるものが必要になります。

 

人に説明したくなるような楽しい経験でもいいし、見映えの良い写真が撮れるのでもいい。

こういった二軸で施設を変化させていくことを考えています。

 

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