『香川愛生とふたりで将棋』諦めずに挑戦し続けたおふたりに、作品への想いを聞いてみました!

 

 

『香川愛生とふたりで将棋』は、日本将棋連盟の女流棋士である香川愛生さんが企画・原案・出演、ゲームクリエイターである蛭田健司さんがプロデューサーを務めており、おふたりの専門性がいかんなく発揮されています。
今回は株式会社AKALIの代表であり女流棋士の香川さん、AKALI代表のみならず、東京国際工科専門職大学 準教授、総務省 地域力創造アドバイザー、IGDA(International Game Developers Association/国際ゲーム開発者協会)日本 理事の顔も持つ蛭田さんに、AKALIの活動内容や本作の制作秘話について、詳しくお話を伺いました。

 

2019年7月以降の株式会社AKALIの動き

――まずは、株式会社AKALIの活動概要や香川愛生さん、蛭田健司さんの概歴をお聞かせください。

 

蛭田
株式会社AKALIや我々の簡単な概歴につきましては、以前のインタビューである程度ご紹介しておりますので、今回はそれ以降、2019年7月以降からこれまでにあったことについてお話ししますね。

 

 

まずは、今回のインタビューの題材であるWindows用将棋ソフト『香川愛生とふたりで将棋』が発売されました。
前回のインタビューが行われた2019年7月の時点では企画提案の段階で、そこから制作が始まり先日10月30日に発売されました。

 

イベント活動については、新型コロナウイルスの流行により2月の段階からオンラインの準備が行われ、3月にはオンラインイベントが開催できました。
私自身が総務省の地域力創造アドバイザーとしてリモートワークを推進していましたし、オンラインゲームをいくつも開発したことでネットワークの深い知見があったのでいち早く対応できたということです。

 

地方創世の動きもありまして、こちらはIGDA日本に“SIG-地方創生”を立ち上げました。

 

 

 

その他の以前との違いは、私はインタビューなどではスーツを着ることが多かったのですが、もうスーツは飽きてしまったので私服にしています(笑)。

 

香川
新型コロナウイルスの影響は将棋界への影響も大きいものでした。
指導対局や子どもの将棋大会のようなオフラインイベントが主流だったので、我々が会社としてオンラインイベントの必要性を見極めた半年だったと思います。
そんな中でずっとゲーム制作ができたのは大きかったですね。

 

蛭田
2019年の夏くらいから話が動き始めていたので1年ちょっとくらいの期間を頑張りました。
ゲーム制作としては普通なのですが、香川代表にとっては長い期間のゲーム制作にかかわるということは初めての経験でしたよね。

 

香川
はい。
私たちが出会った頃からの目標のひとつだったのでうれしいことでした。
以前も『将棋ウォーズ』などで声の出演としてゲーム制作にかかわることはありました。
今回も一見すると出演しているだけのように思われるかもしれませんが、実際には企画からしっかりと制作に参加しています。

 

蛭田
香川代表は、以前はゲームタレントという肩書がつく場合もあったのですが、今では立派なゲームクリエイターです。

 

『香川愛生とふたりで将棋』はこだわりしかないタイトル。制作のきっかけは4年前!?

――まずは『香川愛生とふたりで将棋』の制作に至ったきっかけを教えていただけますか?

 

蛭田
もともと私はアマチュアで将棋を指していて、高校のころは全国大会に出場したこともありますし、加えてコンピューターも好きだったので、大学院ではAIを研究してコンピューター将棋を作っていました。

 

セガでは、自分のブースに将棋大会の表彰盾を飾っていたことや、『サクラ大戦2』で戦闘パートのAIを作っていたことからドリームキャスト用のオンラインテーブルゲーム『あつまれ!ぐるぐる温泉』のプロトタイピングを任せてもらいました。
その時に開発の一環で将棋ソフトを作成したのですが、当時はドリームキャスト用の開発機がなかったのでWindows上で作成し、アルゴリズムをドリームキャストに移植するという形でした。
ちなみに、ドリームキャストに移植したアルゴリズムをもう一度Windowsに戻して、世界コンピューター将棋選手権にも参加しました。
本格的にコンピューター将棋にかかわっていたという下地があったのです。

 

ここからは香川代表に出会ってからの話になりますが、最初からふたりで将棋ゲームを作りたいという思いがお互いにありました。
また、以前のインタビューでもお話ししていますが、さまざまな企業に将棋関連の商品企画の提案も行っています。
その他、CEDEC 2017にふたりで登壇して“ゲームビジネスの可能性を広げる異業種コラボ! 双方の市場を拡大するためのノウハウ”というセッションも行いました。
セッションのきっかけとなったコラボは、2016年7月に私が「香川先生と将棋を題材にしたゲームを作る流れなのでは」とFacebookで投稿したことが始まりだったので、4年と少しくらいの期間がかかったことになります。
CEDECのセッションを行う中でアイデア出しも行いましたし、 “初心者でも楽しめる将棋ゲームの作成を目指す”ということも語りました。
本作ではそのころのアイデアや思いがまさに形になったといえます。

 

 

香川
補足をしておくと、藤井聡太二冠が史上最年少のプロ入りを決めたのが2016年9月3日です。その後の将棋ブームは皆さんご存知の通りですが、そう思うと、蛭田代表の発言はちょっとした予言といえるほどのタイムリーなものでした(笑)。

 

蛭田
ありがとうございます(笑)。

 

香川
対戦ができる将棋ゲームは昔からありますが、その中でも工夫の余地はあると感じていました。
アイデア出しは“よりおもしろい将棋ゲームはどうやったらできるのか? 異業種の掛け合わせでどのような発想が生まれるか?”といった考えで行い、実際にCEDEC 2017で発表しました。

 

蛭田
香川代表は当時大学を卒業してすぐの頃、私は会社役員でしたが、その頃からお互いにやるべき仕事が山のようにあって忙しかったので、お互いのやり取りだけは最優先とするよう努めました。
メッセンジャーでのやり取りが中心なのですが、“最優先でチェック、すぐに返信”というスタイルで、出会ってからのやり取りの回数は5万回以上、そのうち今年にはいってからは3万回を超えています。
メッセンジャーで即時性を重視したり、つねにアジェンダをアップデートしたり、相手のスケジュールに合わせて20分だけ会ってミーティングをしたりといったこともありました。
こちらもCEDEC 2017でゲームクリエイターと他業種の人材のコミュニケーションの好例として語ったのですが、まさにそのやり方のまま現在まで続いています。

 

香川
あらましとしては蛭田代表がお話しされた通りですね。
2016年に蛭田代表がヤフー社で将棋部の立ち上げをされていたころから、よりおもしろい、これまでにない将棋ゲームを作りたいという話をしていました。

 

蛭田
ボードゲームの、簡単な将棋風ゲームなんかも考えていましたね。
懐かしいです。

 

――ユーザーに遊んでもらうために、こだわった点はありますか?

 

香川
迷いますね、本作にはこだわった点しかありません。
私にとって、ゲームを1から作れるというのは夢のような体験でしたから!
もちろん、チームの一員となって制作を進めるので、自分の考えたことや要望をすべて実現するのは難しいですが、少しでも理想に近づくという意思で取り組みました。

 

コンセプトが大量にあった中で、私が初めて自分のゲームを出すということを考えた時、将棋界においてAIが非常に強くなったという点がまず頭に浮かびました。
2017年にはAIが名人に勝利するという出来事もあり、将棋界では各人がAIとどのようにかかわるべきか、将棋はどのようにあるべきかを考えるようになっていたのです。
私も大学の卒論ではそのテーマを取り扱いました。
そこで、AIを活用しつつ、人と遊ぶことのおもしろさも取り入れていきたいと考えました。
“私と一緒に将棋を楽しみ、強くなる”といったコンセプトで、ゲームとしてはペア対局を盛り込みました。

 

蛭田
ペア対局はふたりで考え出したアイデアなのですが、私の立場から言うとゲーム制作でも香川代表とふたりで取り組んできたので感慨深いです。
将棋ファンとしても、プロの女流棋士で自分のはるか上の腕前を持つ香川代表とふたりで将棋を指せるというのは非常にうれしいですね。

 

また、将棋のAIを勉強していたおかげで、交互に指すペア対局は技術的に実現できる自信がありました。
もちろん、自分の手番で駒を移動させた後、AIの手番で移動させた駒を元の場所に戻されるというようなこともあり得るのですが、それも含めてゲームとして成立できると頭の中でシミュレートできていました。

 

香川代表とペアで将棋を指したいという思いと、実現できる自信が両方あったからこそ提案できたアイデアでした。

 

香川
一般的には自分のようなプロ棋士とペアで対局を行うのは不公平感を覚えてもおかしくないという懸念はありました。
プロ棋士に手番を代わってもらえるわけですから、納得感を出すのは難しいのではないかと感じていました。
ですが、本作の制作においてはコンセプトを貫いていくことが大事だと思いました。

 

現在では将棋を見て楽しむ人なども増加していて、将棋を最初から最後までひとりで指すというのは慣れている人にとっては常識でも、初心者の人たちにとってはとてもハードルが高いと思っています。
そこで、ひとりで最後まで将棋を指すのがまだ難しいという人のためにパス機能を実装しました。
最初から最後までパス機能に任せることもできます(笑)。
将棋そのものを最後まで楽しんでもらうという考え方だとなかなか実装に踏み切れないモードだと思うので、この点はこだわった部分のひとつだと思います。

 

 

その他、本作には助言機能もついています。
実は将棋の世界では対局に口出しすること、つまり助言というのはタブーとされています。
将棋盤の裏側中央にあるくぼみの名称のひとつを“血だまり”といって、対局中に口を出した第三者を晒し首にするために使用していたという由来があるくらいです。
でも、助言機能によって、作品の世界観をさらに広めることができたのはとてもうれしいです。

 

 

蛭田
開発中はかなりの頻度で自分でもプレイしたのですが、非常に満足しています(笑)。
強いAIを搭載したキャラクターとの対局でもペア対局が成立するのか若干の不安はあったのですが、しっかり成立していて安心しました。
将棋を長年指している私でも“これは難しいぞ!”という局面が出てきた時、頼ることができるのは非常に頼もしいです。
また、ゲームの中の香川先生がたくさんしゃべってくれるので、現実の香川代表と本当にペアで将棋を指しているような体験ができるのも魅力です。
とてもよいものができたと感じています。
反響も上々で、数量限定で香川代表の直筆サイン入り初回限定版の予約販売を行ったところ、なんと3日も経たずに売り切れてしまい、数量限定で追加受注が決定するということもありました。

 

香川
こだわった部分やチャレンジした部分は本当にたくさんありました。
ペア対局についても実現できるのかという不安はありました。
本作がユーザーの目にどのように映るのかという不安もありましたが、反響が大きく「遊んでみたい!」という声も多かったので入れてよかったと思っています。

 

その他、BGMは『逆転裁判』シリーズや『グランディア』シリーズの音楽を手掛けた岩垂徳行さんにお願いしています。
たまたまご縁があったのでお願いすることができたのですが、蛭田代表も私も岩垂さんの音楽のファンだったので非常にうれしかったですね。
他にもイラストなどさまざまな形で協力してくれた方々は、これまで私がお世話になった方々でもあります。
大切な作品にしたいという気持ちがとても強かったので、思いつく限り最高のチームとなっています。
ひとりでは絶対にできなかった作品が皆さんのおかげで形になったので、感慨深い気持ちです。

 

 

蛭田
まさしくチーム香川の総力戦といった趣です。
尊敬している方々と一緒に制作していくことになるのですが、香川代表はしっかりと強いこだわりがあるからリテイクも辞さないのはすごいと感じました。

 

香川
今までの将棋ゲームにない魅力を入れたいという思いが強かったので、制作の中でのすりあわせで、それを伝えていった形です。

 

――本作はどのようなユーザーに遊んでほしいですか? また、その理由も教えてください。

 

蛭田
一番遊んでほしいユーザーは、CEDEC 2017のころの思いと同じで未経験者、ルールを知らない人です。
その次が将棋を少し理解していてやってみたいなと思っている、あるいは始めたぐらいの入門者。
さらにその次に級位者の人たちにもペア対局などを勉強に活用してほしいと考えています。

 

本作には将棋教室というモードがありまして、こちらは香川代表が将棋の基本ルールや駒の動かし方、対局の流れなどを説明する動画で、十数本用意しています。
香川代表はYouTuber活動をしていますが、こういった動画はまだ配信していないので、とても貴重です(笑)。

 

 

 

ペア対局はすごく勉強になるので、初心者だけでなく上級者の方もプレイしてほしいですね。
今ではプロもAIで将棋の勉強を行う時代ですが、勉強をする時にシンプルすぎるユーザーインターフェースだと少し寂しいと思うのです。
本作では将棋の指し方を無味乾燥なAIではなく香川先生が教えてくれて、ペア対局では「任せてください!」と言ってくれるなど、コミュニケーションがあります。
そういった部分がゲーミフィケーションとしてもすごくいい形にまとまったのではないかと思っています。

 

香川
将棋は老若男女が長く遊べるゲームという点が本質だと考えているので、本作もさまざまなユーザー様に長くそばにおいて楽しんでほしいと思っています。
その思いから、将棋教室でルールを覚えるところから始めて、ペア対局で実力を身につけ、上達したら強力なAIとの対戦もできる、一生モノになるよう作りました。
このような構成は将棋を題材にしたからこそできたのではないかと思っています。

 

将棋は楽しみ方を自分で見つけるということが大事なので、そのためのフックはたくさん作ってあります。
先ほどの話と重なりますが、こちらも制作の中でこだわった部分です。

 

例えば、登場キャラクターの中にもわかる人ならクスッとしてしまうような要素を入れています。
本作に登場するキャラクター原案を担当したのですが、私の幼少時代がモデルの対局者がいます(笑)。
その他モチーフも、とあるアイドルや将棋実況者として活動している時の私、将棋を題材とした人気ライトノベル作家の先生など盛りだくさんです。
楽しいイメージにしたかったので、内輪ネタにならないよう気を付けつつ、遊び心をたくさん入れていきました。

 

対戦相手のひとりである道場の少年。

 

蛭田
将棋実況者のキャラクターは、ゲーム内の香川先生との掛け合いもあります(笑)。
その他キャラクターに関しては、香川代表が監修を務めるくずしろ先生の将棋マンガ『永世乙女の戦い方』より“早乙女香”と“アナスタシア”が登場します。
本コラボも香川代表のおかげで実現しました。
こちらの2名はモチーフではなく実際のキャラクターが登場し、クレジットもされています。

 


――今後利用ユーザーを増やすために、どのような施策を考えられていますか?

 

蛭田
別プラットフォームでの展開を検討していますので、PCをお持ちでないという人も楽しみにしていただけたらと思います。

 

また、自分にあわない情報をシャットアウトできるパーソナライズの時代では、単なる宣伝では受け入れられないと思っているので、注目してもらえるような企画を考えていきたいですね。
その点では香川代表のYouTuber活動は非常によいものだと考えています。
例えば、おもしろい企画の第一歩として現実の香川代表とゲーム内の香川先生による対決といったことができたらいいなと思っています(笑)。

 

香川
香川対決、検討します(笑)。
ユーザーを増やす点につきましては、我々のプロモーションだけでなくユーザー様の声も非常に重要だと考えています。
ユーザー様の反響は我々が作れないものですし、一番の効果があると思います。
さまざまな人にとって遊びやすい作品にしたので、ユーザー様の声が増えていってほしいなと考えています。

 

蛭田
おもしろいと感じていただけるきっかけはたくさん詰め込んだので、それを伝えたくなるような空気づくりをしたいですね。
YouTubeチャンネルがある人は配信などしていただけると非常にうれしいです。

 

香川
『職業、女流棋士』という本を蛭田代表と一緒に作った経験がありまして、その時も強く思っていたのですが、購入してそれでおしまいになってしまうようなものを作りたくはありませんでした。
買ったことを自慢したくなったり、誰かにプレゼントしたくなったりするような魅力があるものを作りたいと思っていて、それは蛭田代表も同じでした。
そういう意味でも自分の理想に近いものができたと感じています。

 

原動力も“こだわり”。制作秘話と発売までの歩み

――企画、提案段階で大変だったことはありましたか?

 

蛭田
企画提案段階では知名度のある将棋ソフトの作者に香川代表が直接会いに行くことがあった他、将棋風ゲームや別の題材を取り入れた提案をしたりもしました。
とにかく、いろいろなところに提案しました。

 

香川
どの案にも共通していたのは、将棋で対戦できて“女流棋士・香川愛生”が登場するというだけでなく、親しみやすく手に取りやすい、初心者でも遊べる敷居の低さを大事にしていたことです。
プロ棋士を取り扱ったゲームでライトユーザーだけをターゲットにすると、どうしても商品としてのパワーが低くなってしまいがちで、やはり上級者向けのほうが需要自体はあるのです。
ローコストでライトユーザーに安価で遊んでもらえるものを作るのは難しいことでした。

 

蛭田
本作のベースとなったタイトルとして、シルバースタージャパンさんの『銀星将棋』シリーズがありまして、本作に引き継がせて頂いたものがたくさんあります。
ただ、表面だけを変えて、香川代表に登場していただくだけではよいゲームにはなりません。
『銀星将棋』シリーズをベースとさせてもらってコストを抑えつつ、制限の中でおもしろいと思ってもらえるものを考えていきました。

 

――開発段階で大変だったことについて教えてください。

 

蛭田
ロードマップの作成は今までの経験の中で長くやってきましたので、計画はキッチリとしたものを作れましたが、やはりといいますか予定通りにはいかないことがありますので、それがつらいことでした。
例えば、制作の中ではシナリオもやらせていただいたのですが、キャラクター同士の魅力的な掛け合いを作るのがなかなか難しい。
最初の対局前後のやり取りは簡単にできたのですが、その後がピタリと止まってしまいまして。
締め切りが近づいてくるのに何もアイデアが浮かばなくて、小説家や漫画家の方々が締め切りに追われるときの気持ちはこんな感じなのだろうか、と体感しました(笑)。

 

香川
私は入念に準備して早めの行動を心がける蛭田代表と真逆で、締め切りのギリギリにひらめくタイプなので、デッドライン直前にアイデアを思いつくことが度々あり、困らせてしまうこともありました。
幸い、ギリギリまでよいものを追求できたので、実現してもらえてよかったなと感じたことがたくさんあります。

 

蛭田
香川代表は対局中のセリフが、私は対局前後の掛け合いが進まなくて、お互い締め切りに追われることになりましたね。

 

香川
締め切りという言い方がよくないですよ(笑)。
お互い作品をよりよくするための努力をギリギリまで続けたということで。
途中で妥協することもできたのですが、それをしたくなかったので皆さんと一緒に頑張らせていただきました。
対局中のボイスは一番集中している時に出る声になりますから、ユーザーを第一に考えて集中を乱さないことを忘れないようにしました。

 

蛭田
一方、将棋教室の動画収録は1日でビシっと終わりました。
ボイスのための音声収録もほとんどNGがありませんでした。

 

香川
『将棋ウォーズ』、『将棋レボリューション 激指』、『三国志ヒーローズ』などでの収録経験が活きました(笑)。

 

蛭田
メインメニュー画面で聞くことができるボイスも50種以上ありますので、ぜひ楽しんでいただければと思います。

 

詰将棋の問題選択画面。

 

――企画、開発においてどのように役割を分担していましたか?

 

蛭田
私はゲーム全体に関わっていますし、香川代表が企画・原案やデザイン監修、将棋教室の動画や対局中のセリフ全てを作るなど、ふたりとも様々な役割を担ったのですが、驚いたのは、重複する分野がほとんどなかったというところですね。
まさに阿吽の呼吸で、お互いに得意な分野を進めるという形になりました。
もちろん、知らない分野を丸投げしてしまうということではなく、知らない分野を学びあって理解するようにもなりました。

 

香川
例えば音周りはとても大事にしているので私が主に担当したのですが、駒を指す音をはじめとしたSEにもこだわりました。
私自身、対局中はピリピリするタイプなので、ゲームを楽しむという感覚に加えて、集中して将棋の対局に臨む中、どのような感覚で音を聞くのかを考えました。
音楽だけでなく、イラストなどもバランス感覚を大事にできたので、任せていただいたのはありがたかったです。

 

蛭田
得意分野が重複せずピッタリと合致して、それでいてほぼ網羅できるというのはすごいことですね。
ふたりで相談することはありましたが仕事を押し付け合うことはなく、どちらも担当しなくて宙に浮くタスクはありませんでした。

 

香川
ちょっと気になったことがありまして、ゲーム制作において複数の分野をひとりが担うこと自体珍しいと思うのですが、今回のように意見がほとんど衝突しないというのは珍しいことでしたか?
ゲーム制作ではさまざまな人の意見がぶつかり合うものというイメージがあったので驚きました。

 

蛭田
ゲーム制作は本来、プロジェクトの根本の部分で綱引きが発生するような構造になっています。
プロデューサーはビジネス面からコスト、人数、開発期間を抑えながら、その上でよいものを作るように指示を出していきます。
一方、ディレクターはよいものを作るためにコストや人数や開発期間を要求していくわけですから、そこで必然的に綱引きが発生します。

 

そういう意味では、本作の制作の中でもコスト的に難しいといった話はしたことはありましたから、意見の衝突はあったということはできますね。

 

香川
なるほど!
その点では、私はゲーム制作に関しては完全に初心者で、どのようなことが可能なのかわからなかったので、ベテランの蛭田代表に助けていただきました。

 

蛭田
あとは、ただ「できません」と突っぱねるのではなく、「今回は難しいですが2作目、3作目でやりましょう!」と話しました(笑)。
単純に突っぱねるのではなく、未来につなげていくことでアイデアが蓄積されていきますから、重要なことです。
すでに2作目を作れるだけのアイデアはあって、ディスカッションも行っています。

 

香川
このような部分は、ゲームクリエイターが本職である蛭田代表にリードしていただきました。
ゲームのプロかつ将棋ファンである蛭田代表と、将棋のプロでゲームファンである私の専門的な知識とファンの目線、そしてお互いに尊敬して尊重し合える信頼関係によって実現できたことだと思います。

 

――ここまでの道のりは非常に険しいものだったと感じられます。ズバリ何がおふたりを突き動かしたのでしょうか?

 

香川
前提からの話になりますが、本作は私にとって初めてのゲーム制作ですし、そもそも長期間の準備をして何かをするというのも初めてでした。
もちろん将棋のイベントなどで事前に準備をすることもありますが、大体1カ月くらいで、今回は1年準備することになりました。
セリフを考えたりボイスを収録したりしても、それが形になったものを見るのはずっと先で、“本当にゲームができるのだろうか?”という不安がありました。
なので、形になったものを見た時にはとても大きな感動がありました。
当時の作業を振り返って懐かしくなりましたし、ゲーム制作にかかわる人の大変さやすごさを改めて感じました。

 

振り返ってみると、しんどかったけど楽しかったと思います。
自分たちの仕事について、段階的に達成感を感じながら制作できたのが大きかったのだと思います。

 

蛭田
ワクワク感はつねにありました。
ボイスアクトやキャラアイデアなど、香川代表もひとつひとつの仕事が素晴らしかったのです。
振り返ってみると、本作の制作はこだわりがあったから大変だったのだと思います。
そこまでこだわらなければ楽に作れたのでしょうが、達成感は少なかったかもしれません。
我々はハードルを上げ、高い目標を掲げて、スケジュールのギリギリまで頑張っていいものを仕上げて大きな達成感を得る。
このプロセスがエネルギーになったのだと思います。

 

仕事の中で沈んだ会話をすることがほとんどなくて、「今日の仕事はよかったね!」というやり取りが多かったですし、作業もスケジュールの締め切りギリギリまでこだわったりしますがひとつひとつはビシッと決まりました。

 

香川
モノ作りは好きなのですが、中途半端なものを見ると意気消沈してしまうのです。
多くの人とかかわりながら仕事をすると、普通は自分の思い通りにいかないことのほうが多いと思いますが、本作に関しては自分の思い描いた、期待していたものに仕上げるということが原動力になりました。
なんとなく仕事をすることが苦手で、適当にやるくらいなら最初からやらないタイプなので、 “もっとよくできる!”とこだわることが好きな性分がよかったのかもしれません。

 

 

蛭田
香川代表の姿勢は、ゲームクリエイターとして大きな学びとなった部分です。
ゲームクリエイターとしての経験を積んでいくと、クオリティやスケジュールを加味した作業の落としどころがわかるようになってきます。
経験がなければ50点ぐらいで我慢することになり、慣れてくれば90点、95点まで引き上げられるようになるのですが、香川代表はいきなり120点を目指す人だったのです。
“そこまでこだわるのか!”と感じる姿勢にはいつも驚かされましたし、その姿勢にひっぱっていただいたところがあります。
クリエイターとして、もっと頑張らなければならないし、それができるのだと感じました。

 

――無事ソフトが完成した時はどのような気持ちでしたか?

 

香川
初めての体験ですからそれはもう感動しました。
ゲーム画面を見て「しゃべってる!」という感想が出てきたりして(笑)。
うれしさをかみしめました。

 

蛭田
香川代表はタイトル背景の色味や完成したパッケージを見たときにも喜んでいましたよね。
デザインの監修も香川代表が行っていまして、色味について“ピンクすぎると甘いし赤すぎると刺激が強い”ということで最終的にRGBの数値を指定するまでこだわりました(笑)。

 

 

競合するのではなくともに盛り上げる。『りゅうおうのおしごと!』との合同プロモーションのねらい

――エンターグラムが12月17日に発売するPS4/switch用ソフト『りゅうおうのおしごと!』のプロモーション動画を作成されるとお聞きしました。こちらの経緯をお聞きしてもよろしいですか?

 

香川
こちらはTVアニメ『りゅうおうのおしごと!』の関連番組『りゅうおうのおしごと!~かんそうせん~』に私が出演していたことや、個人的にコスプレをしたところSNSで話題になったりした他、番組の終了後にもお世話になっていました。
また、この1年で『棋士・藤井聡太の将棋トレーニング』や『りゅうおうのおしごと!』など個性的な将棋ゲームが次々に発表されるという、なかなか見ない事態が起こりました。
そこで、せっかく同じ将棋のタイトルが出るのだから一緒に盛り上げたいと思い、今回は自分が制作側のポジションにいたということもあって、先方からのご提案を受諾いたしました。

 

蛭田
香川代表が活動する将棋界で物事を考えたら、ゲーム会社同士のライバル関係や競合といったものは関係ないですから、ご縁をつないでいただくことができたのかなと思っています。
また、『りゅうおうのおしごと!』にもかかわりが深く、将棋界随一の拡散力がある香川代表の力を独占するのではなく、両方の作品のよさをアピールすることがファンにとってもよいことなのではないかと思いました。
今や協力の時代ですからね。
「香川愛生とふたりで将棋」の特徴であるペア対局についても、きっと今後、他のゲームでも取り入れられるアイデアだと思いますので、私の方から、次回作では是非ペア対局のアイデアを使っていただければ、とご提案しました。いいアイデアも独占するのではなく、広く活用してもらいたいと思っています。

 

香川
こういった協力関係は、“今まではできなかったが、今ならできるかもしれない”という発想でした。
そのほうがおもしろいと思ってくれる人も多いと思ったことも理由のひとつですね。

 

あきらめずに挑戦を続ける『香川愛生とふたりで将棋』のこれから

――今後本作をどのように成長させていきたいですか?

 

蛭田
まずは本作をひとりでも多くの人に届けたいです。
久しぶりに「よいものができたぞ!」とガッツポーズしたくらい出来栄えについては自信があります。

 

また、気が早いと思われるかもしれませんが、2作目、3作目と発展させていきたいと考えています。
実際、本作のような将棋ゲームを作りたいという意思はCEDEC 2017の時に表明しています。
これと同じで、続編を作りたいという意思があるのならば、それを言い続けていくことで実現していくと思うのです。
つねに発信することで興味を持つ人も出てくるので、続けていきたいですね。

 

香川
自分のゲームが発売されるということは初めての経験なので、ドキドキして仕方がないというのが正直な感想ですね(笑)。
インタビューの中で開発を振り返りましたが、ユーザーの感想で気づくこともたくさんあると思います。
そういう経験ができれば、自分にとっての大きな財産になると思うので、ぜひ遊んでいただいて、意見や感想を発信していただきたいなと思います。

 

自分の名前が入っているためSNSで探すのは少し難しいので、ハッシュタグ“#香川将棋”をつけて、忌憚のないご意見を、でも、なるべく優しい表現で発信していただけるとうれしいです(笑)。

 

――最後におふたりから一言お願いします。

 

蛭田
本作については、原案の時も、企画提案の時も、そして制作の時もあきらめずに挑戦し続けました。
これからの時代はゲームを世に出して終わりということではないので、ひとりでも多くの方に届くように挑戦し続けたいです。
2作目、3作目の構想も実現させていきたいですね。
また、ふたりで将棋ゲームを作ろうと挑戦し続けた4年間というだけでなく、将棋やゲームの普及などそれ以外のこともたくさんやってきていて、それはどうやって世の中を元気にしていくかという挑戦なので、そのことを忘れずに頑張っていきたいです。

 

これからゲームクリエイターになろうという人へのアドバイスとしては、まず活躍するためのスキルを身につけることが重要だと思います。
香川代表をはじめとした素晴らしい方々と仕事ができたのは、自分の武器を身につけていたおかげでもあります。
香川代表は将棋のプロとして活躍していたから、私もゲームクリエイターとして活躍できていたからご縁があって、お仕事でご一緒することができました。
お互いに尊敬しあう関係性になれるような、自分だけのスキルを身につけていってほしいです。

 

それともうひとつ、視野を広く持って幅広く協力を模索しながら大きなことを成し遂げてほしいと思います。
これは香川代表と私の関係もそうですし、本作の制作においてゲーム業界、将棋界、漫画界などのさまざまな人を巻き込む大きな取り組みになったのは、幅広く高い視点で物事を見ていたからでもあります。
小さなところに籠らず、視野を広く持つことで大きなことを成し遂げてほしいです。

 

香川
ゲーム制作について右も左もわからない私が実際にかかわり、最終的に自分の名前が入ったゲームが世に出ることは本当に夢みたいで、貴重な機会を与えていただいたシルバースタージャパン様や一緒に制作してくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
普段、私がプロ棋士として将棋の対局を行う時は孤独に盤に向かうことしかできないのですが、その日常からは考えられないほど多くの人とゲーム制作を行ったことで、皆様から貸していただける力の大きさを感じることができました。

 

この記事を見て、挑戦したいことがあるけれどさまざまな理由から難しいと思っている人も、周りの人の力を借りたり、支えてくれる人を探してみたりして自分の意志を貫き挑戦してほしいと思います。
私自身もこれからさらに多くのことに挑戦していきたいと思っています。

 

 

――本日はありがとうございました。